あなたが現在見ているのは 人は分かり合えない。そう聞いて、胸が軽くなりました

人は分かり合えない。そう聞いて、胸が軽くなりました

同じものを見ていたはずなのに、
相手はまったく違うふうに受け取っていた。


そんなこと、ありませんか?


「そもそも人は分かり合えない」


先日、そう聞く機会がありました。


人によっては、
寂しい言葉に聞こえるかもしれません。


わたしは、逆でした。
胸のあたりが、すっと軽くなりました。


なんで分かってくれないんだろう




わたしは、けっこうあります。


同じ話をしていたはずなのに、相手の受け取り方がまるで違っていること。


そういうとき、「なんで分かってくれないんだろう」と、もやっとしていました。


相手を責めたいわけではありません。


それでも、分かってもらえないと、ひとりぼっちのような気持ちになりました。


子どもたちと、自分の根っこを探しました




先日、子どもたちと「自分の根っこ」を探す時間を持ちました。


根っこというのは、自分の価値観のことです。


自分は何を大切にしているのか。
どうしてそう思うのか。


なぜ、なぜ、と掘っていきます。


これ、大人でも難しいです。
すぐには出てきません。


やりながら、思い出したことがありました。


分かってほしい、の奥にあったもの




わたしは長いあいだ、自分がどう思うかを、持ってはいけないと思っていました。


周りに合わせて生きていくことが、いちばん大事だと思っていたからです。


だから「あなたが大切にしていることは何ですか」と聞かれても、答えられませんでした。


なぜ答えられないんだろう、と考えてみました。


自分の根っこが、ぼんやりしていたからでした。


そして、その根っこが明確になると、人との違いも明らかになります。


それが、こわかったのだと思います。


どっちが正しくて、どっちが間違っているのか。
勝負みたいになってしまう。


自分の中に「これが大事」がありません。


だから相手の考えに同調して、押し切られてしまいそうな気がしていました。


だから余計に、分かってほしい気持ちが強くなっていました。


人は分かり合えない、と聞いた日




少し前に、京都大学で精神分析をされている先生から、こんな話を聞きました。


そもそも人間は、分かり合えない生き物です。


なのに結婚などをすると、お互いに分かり合えていると思い込んでしまいます。


だからこそ、揉めだします。
分かってもらえているはずなのに、なぜ、と。


分かり合えない。


そう聞くと、寂しく感じるかもしれません。


わたしは、すっと心が軽くなりました。


分かり合えないのが前提なら、分かってもらえないことは、失敗ではなくなります。


相手が意地悪だから、でもない。


相手の性格が悪いから、でもない。


こんな相手を選んだわたしがバカだった、でもない。


分かり合えないのが前提なら、分かってもらえないことは失敗ではなくなります。
「なんで分かってくれないの」が、
「あなたは、そう思うんだね」に変わっていきます。


脳は、自分と違うものを見つけると危険だと判断します。


だから、身構えます。


違うのが当たり前だと知っていたら、身構えなくてすみます。


「行きたいものないよね」と聞いてしまいました




先日、映画のチケットが当たりました。


ペアチケットだったので、元夫が一緒に行くかなと思って、誘おうと思いました。


その映画館はちょっとマイナーで、やっているものが限られています。


先に調べてみました。


たぶん、行きたいものはなさそうだと思いました。


それで「行きたいものないよね」と聞いてしまいました。


そうしたら、ディズニーの「モアナと伝説の海」を見に行きたい、と言ってきました。


え?と思いました。


わたしの知っている彼に、そういう面があることを知りませんでした。


分かり合えていると思っていたら、全然違っていました。

AIは合わせてくれます。分かってはいません




同じ先生が、こんな話もされていました。


いま、AIに相談する人が増えています。


AIは共感力が強くて、こちらの思いに寄せてくれます。


文句も言わないし、気を使わなくていい。
望んだ答えを返してくれます。


AIがなかった頃は、犬やぬいぐるみに話しかけるのと同じだったのかもしれません。
先生は、そう話されていました。


共感してもらえると、慰められます。
癒されます。


ただ、本当に分かってくれているのか。


犬もぬいぐるみもAIも、分かってはいません。


先生が大事だと話されていたのは、その逆のことでした。


それでも、なんでわかってくれないの
分かってほしい。


人が相手だと、それが起きます。


分かってくれる相手とばかりいたら、自分と違うものに出会わなくなります。


分かってくれない誰かがいるから、「わたしはこう思っている」が立ち上がります。
分かってもらえないことが、少しいいものに見えてきました。


違いは、違いのままで




自分の根っこが分かっていると、違いは違いのままでいられます。


分かり合おうとしなくていい。


分かり合えない同士で、どうやってうまくやっていくか。


そちらの視点に変わっていきます。


もし今、誰かとの違いにしんどくなっていたら。


相手に分かってもらおうとするかわりに、自分に聞いてみるのもいいかもしれません。


わたしは、何を大切にしているんだろう。

今日のしつもん




あなたが大切にしていることは、なんですか?


生き方を選ぶとき、何かを決めるとき。


あなたのお答えを教えていただけると、嬉しいです。


この話は、音声でも話しています。


stand.fm「わたしの人生は、わたしのもの」


▼ お話の中で紹介した先生


西見奈子(にし みなこ)
京都大学大学院教育学研究科教授。精神分析、精神分析史。
著書に『いかにして日本の精神分析は始まったか』(みすず書房、2019)


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