仕事がない時期の、わたしの話
わたしは自営業をしています。
仕事が入ってくれば、モチベーションは上がります。
予定が埋まって、誰かに必要とされている感じがして、
体も自然に動く。
けれど、仕事がない時。
やっぱり、下がります。
何年やっていても、ここは同じです。
カレンダーが白いと、気持ちも白くなっていく。
そんなとき、わたしは自分にこう聞くようにしています。
何のために、やっているの?
なぜ、わたしはこれをやっているんだっけ?
そうすると、思い出すことがあります。
わたしがこの活動を始めたのは、
10代の子どもの自死を、ひとりでも減らしたいと
思ったからでした。
そのためにできることは何だろう、と考えたときに、
行き着いたのがここです。
わたしたち大人が、元気に、自分らしく生きている姿を見せること。
その姿を見て、子どもは未来に希望を持つ。
わたしは、そう信じています。
だから、わたしが自分らしく生きていること自体が、
この活動そのものなのです。
そこを思い出したとき、モチベーションが戻ってきます。
仕事があるかないかは、わたしには決められません。
でも、なぜやっているのかは、いつでも思い出せます。
外の天気は変えられない。けれど、自分自身は変えられる。
やる気が出ない、は勘違いかもしれません
やろうと思っていることがある。
なのに、動けない。
夕方になって「今日も何もしなかったな」と自己否定。
そんな日、ありませんか?
わたしは、それは、自分の心の弱さだと思っていたのです。
ところが、メンタルトレーニングを学ぶ中で、
まったく違う話を学びました。
「モチベーション」と「テンション」は、別のもの
わたしたちは普段、こんなふうに言います。
「今日はモチベーションが高い」
「最近モチベーションが下がっている」
この言い方だと、モチベーションは
上がったり下がったりするもの、という感じがします。
まるで、お天気みたいに。
けれどメンタルトレーニングの現場では、
この2つを分けて考えます。
モチベーションとは、動機づけのこと。
なぜ、それをやるのか。
なぜ、この目標を目指しているのか。
やる気の「源」のほうを指す言葉です。
いっぽう、気分が高いこと、
テンションが上がっていること。
これは別物として扱います。
「よし、やるぞ!」と気持ちが高ぶっている状態。
それはテンションです。
この2つを混ぜてしまうと、困ったことが起きます。
テンションが高くないと動けない、と
思い込んでしまうのです。
でも、気分は数分で変わります。
天気でも変わるし、体調でも変わる。
テンションが上がるのを待っていたら、動ける日はいつまでも来ません。
あなたが「やろう」と思っていることは、なんですか?
ここで一度、手を止めてみてください。
いま、頭に浮かんだこと。
それが今日の話の入り口になります。
ごほうびは、だんだん慣れていく
「週末にコンサートがあると思うと、がんばれます」
「今日残業をがんばったら、焼肉に行けると思うと」
「自分にごほうびをあげると、やる気が出ます」
わかる気がします。
これ、わたしのことなんです。
先に言っておきますが、これは悪いことではありません。
ごほうびがあるから動ける日は、確かにあります。
自分を励ます道具として、とてもよくできています。
ただ、ひとつだけ知っておくと役に立つことがあります。
メンタルトレーニングではこのように考えます。
ごほうびは、慣れてしまうのです。
はじめは効いていたものが、だんだん効かなくなる。
同じスイーツでは物足りなくなって、
もう少し大きなものが要るようになる。
そして、ごほうびがなくなった日には、
動く理由もいっしょになくなります。
テストでいい点を取ったら、
お母さんがハンバーグを作ってくれる。
ハンバーグが出なくなったら、勉強する理由もなくなる。
そういうことが、わたしたち大人の中でも起きています。
外にあるものだけを頼りにしていると、自分では動かせないのです。
天気が悪い日。疲れている日。誰もほめてくれない日。
そういう日に、動けなくなってしまう。
だからといって、外からのごほうびを手放す必要はありません。
自分の中にももうひとつ持っておく。
そうすると、どちらかが効かない日でも動けます。
子育てが終わったあとに、動けなくなるわけ
ここまで書いて、思ったことがあります。
子育てをしている間、わたしたちには
いつも外に動機がありました。
子どもがお腹をすかせている。だから、ごはんを作る。
明日は行事がある。だから、早く起きる。
この子のためだから、がんばれる。
朝から晩まで、動く理由が
自然にあったのです。
子どもが大きくなって、手を離れる。
すると、どうなるでしょう。
動く理由が、なくなります。
「何かしたいのに、動けない」
これは、気持ちが弱くなったからではありません。
これまで外にあった動機が、
そこになくなっただけなのです。
そして、これは子育てだけの話ではありません。
仕事を定年までやりきったあと。
介護を終えたあと。
長く関わったプロジェクトが、完成したあと。
どれも、やり遂げたあとに起こります。
やり遂げた人にしか、起こりません。
そう考えると、少し違って見えてきませんか。やり遂げた人にしか、起こりません。
あなたが動けたとき、その理由はどこにありましたか?
外にありましたか?
終わったらごほうびがあるから。
ほめてもらえるから。
この人のためだから。
それとも、自分の中にありましたか?
やってみたかったから。
おもしろそうだったから。
やっていると、時間を忘れるから。
思い出せるものが、ひとつでもあれば十分です。
「そっか、わたしは好きだったんだ」
いちばん心が動いたのは、
あるプロテニス選手の話でした。
その方は、9年間、優勝できずにいたそうです。
決勝までは行く。でも、勝てない。ずっと準優勝。
引退したくても、できない。
優勝の実績がないまま辞めると、
そのあとの人生が変わってしまうからです。
メディアには叩かれる。気持ちも削られていく。
そんな状態で、メンタルトレーニングを受けにきた。
「この1年で優勝できなかったら辞める」という
覚悟だったといいます。
そのとき、担当トレーナーはこう聞きました。
「そもそも、なぜテニスをやっているんですか?」
プロの選手に対して、誰も聞かない質問です。
ご本人も「そんなこと、聞かれたことがない」と
驚いたそうです。
しばらく考えて、最初に出てきた答えは、これでした。
「仕事だから」
でも、仕事だから、で勝てるほど、
プロの世界は甘くない。
そこでトレーナーは、質問を変えました。
「テニスをやっていて楽しかったのは、いつですか」
選手は、目を閉じて考えました。
そして、こう答えたそうです。
いつだったかな。あれは、ジュニアの時代かな。
小学生のころ。
勝つか負けるかのプレッシャーは、一切なかった。
ただ、目の前のボールを追いかけているのが楽しくて。
一生懸命やっていたら、優勝したんだよね。
あのときは、本当に楽しかったなあ。
——あ、そっか。
僕、テニスが好きだったんだ。
プロの選手が、そこで初めて気づいたのです。
探すのではなく、思い出す
わたしがこの話を聞いて、
いちばん救われたのは、ここでした。
この選手は、モチベーションを
新しく手に入れたわけではありません。
もともと持っていたものを、思い出しただけです。
小学生のあの日から、ずっとそこにあった。
ただ、勝ち負けの中で見えなくなっていた。
これは、わたしたちにも同じことが言えます。
「何かしたいけど、何をしたいのかわからない」
そう思うとき、わたしたちはつい、外を探しに行きます。
資格を調べる。誰かの成功例を読む。
まだ足りないものを数える。
でも、探しに行く必要は、ないのかもしれません。
あなたの中には、もうあります。
子どもが小さかった頃。仕事をしていた頃。
もっと前の、学生だった頃。
時間を忘れていた瞬間が、必ずあったはずです。
夢中になって、気づいたら夕方だった。
そんな時間が。
それが、あなたの動機づけの源です。
新しく作らなくていい。思い出すだけでいいのです。
今日のしつもん
あなたが時間を忘れて夢中になっていたのは、
どんなときですか。
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教えてもらえたら、とても嬉しいです。
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