最近、「どうしたい?」と聞かれて、すぐに答えられましたか?
「本当は、あの服がよかったけど、店員さんが勧めた服を買った」
「本当は、今日は誰とも会いたくないのに、断れずに出かけた」
「本当は先約があるのに、頼まれて残業した」
自分の気持ちがわからない。
わたしは、長い間そんな状態でした。
子どものころのわたしは、自分の気持ちを持ってはいけない、と思っていました。
自分がどう感じるかより、周りに合わせることのほうが大事。
そう信じて生きてきました。
わたしがいつも自分にかけていた問いは、こんな言葉でした。
「正しいことはなんだろう?」
「どれを選ぶと、いい評価になるのかな?」
「相手が求めていることはなんだろう?」
どれも、矢印が相手のほうを向いています。
わたしたちは、関係を大事にするあまり、本心とちがう選択をすることがあります。
頼まれごとやお誘いがあると、「〜したい」よりも、「〜したほうがいい」が先に立つ。
家族や大切な人が望むほうに合わせても、それは、その人にとっての「良い」。
自分にとっての「良い」は、別にあります。
自分に向けて問いかけてこなかったことが、気持ちがわからない原因でした。
小学校の成績表には、「協調性」という欄がありました。
道徳の時間にも、協調性が大事だと教わった記憶があります。
周りに合わせることを大切にしてきた人ほど、「自分を大切にしよう」と思ったとき、心の中で声がすることがあります。
「それって、わがままではないの?」
わたしが実感してきたのは、その反対でした。
ところが心のどこかで、認めてほしいと願っていました。
褒めてもらうことで、自分を満たそうとしていたんですね。
(お恥ずかしいです)
自分を大切にすることは、わがままどころか、幸せでいることの入口でした。
質問家のマツダミヒロさんに、こう聞かれたことがあります。
「心の中にグラスがあるとしたら、今どれくらい入っていますか?」
わたしは、30なのか80なのか、答えられませんでした。
スマホの充電が何%残っているかは、毎日のように見ています。
心のグラスも同じで、測ろうと思えば測れるもの。
入っている量によって、同じ出来事でも、ちがって見えてきます。
朝のうちに確かめておくと、足りない日は、満たしてから動き出せます。
自分にかける問いを、こう変えてみる。
「わたしは、本当はどうしたいの?」
「それは、わたしの望むこと?」
最初に並べた3つの場面は、どれも「本当は」から始まっていました。
あとに続く言葉に、気持ちが出ています。
「本当は」は、ふだんから心の中で何度もつぶやいている言葉です。
そのたびに、少し立ち止まって、からだがゆるむのか、こわばるのかを感じてみる。
はじめは、答えがすぐに出てこない日もあります。
そんな日は、心のグラスの量を確かめる。
足りなければ、先に自分を満たしてから、あらためて聞けばいい。
感じる力は、使うほど育っていくもの。
わたしは、少しずつ、自分の気持ちに気づけるようになりました。
問いを自分に向けるたびに、わかってきたことがあります。
自分の中に、ホッとできる場所がある。
今、心のグラスには、どれくらい入っていますか?
測るのは、スマホの充電を見たときかもしれないし、眠る前かもしれません。
数字がひとつ浮かんだら、それで十分です。
どんな数字にも、正解もまちがいもありません。
下欄にお答えを書いていただけると嬉しいです。
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今日も読んでくださってありがとうございます。
「本当は、あの服がよかったけど、店員さんが勧めた服を買った」
「本当は、今日は誰とも会いたくないのに、断れずに出かけた」
「本当は先約があるのに、頼まれて残業した」
自分の気持ちがわからない。
わたしは、長い間そんな状態でした。
すぐに答えられないのは、気持ちがないからではありません。
自分の気持ちがわからないのは、問いの矢印が相手を向いているから
子どものころのわたしは、自分の気持ちを持ってはいけない、と思っていました。
自分がどう感じるかより、周りに合わせることのほうが大事。
そう信じて生きてきました。
わたしがいつも自分にかけていた問いは、こんな言葉でした。
「正しいことはなんだろう?」
「どれを選ぶと、いい評価になるのかな?」
「相手が求めていることはなんだろう?」
どれも、矢印が相手のほうを向いています。
わたしたちは、関係を大事にするあまり、本心とちがう選択をすることがあります。
頼まれごとやお誘いがあると、「〜したい」よりも、「〜したほうがいい」が先に立つ。
家族や大切な人が望むほうに合わせても、それは、その人にとっての「良い」。
自分にとっての「良い」は、別にあります。
自分に向けて問いかけてこなかったことが、気持ちがわからない原因でした。
自分を大切にすることは、わがままではない
小学校の成績表には、「協調性」という欄がありました。
道徳の時間にも、協調性が大事だと教わった記憶があります。
周りに合わせることを大切にしてきた人ほど、「自分を大切にしよう」と思ったとき、心の中で声がすることがあります。
「それって、わがままではないの?」
わたしが実感してきたのは、その反対でした。
自分自身が満たされていると、周りの人にも自然にやさしくなれます。
以前のわたしは、相手のためにしていることを、与えているつもりでいました。ところが心のどこかで、認めてほしいと願っていました。
褒めてもらうことで、自分を満たそうとしていたんですね。
(お恥ずかしいです)
自分を大切にすることは、わがままどころか、幸せでいることの入口でした。
心のグラスは、測ろうと思えば測れる
質問家のマツダミヒロさんに、こう聞かれたことがあります。
「心の中にグラスがあるとしたら、今どれくらい入っていますか?」
わたしは、30なのか80なのか、答えられませんでした。
スマホの充電が何%残っているかは、毎日のように見ています。
心のグラスも同じで、測ろうと思えば測れるもの。
入っている量によって、同じ出来事でも、ちがって見えてきます。
朝のうちに確かめておくと、足りない日は、満たしてから動き出せます。
両手を広げて、重さを感じてみる。
「今日は30かな」「今日は80ありそう」とわかります。
スマホを充電するように自分を満たす話は、「シャンパンタワーの法則|スマホを充電するように、まず自分を満たそう」に綴っています。「今日は30かな」「今日は80ありそう」とわかります。
問いの向きを変えると、答えは自分の中から出てくる
自分にかける問いを、こう変えてみる。
「わたしは、本当はどうしたいの?」
「それは、わたしの望むこと?」
最初に並べた3つの場面は、どれも「本当は」から始まっていました。
あとに続く言葉に、気持ちが出ています。
「本当は」は、ふだんから心の中で何度もつぶやいている言葉です。
そのたびに、少し立ち止まって、からだがゆるむのか、こわばるのかを感じてみる。
はじめは、答えがすぐに出てこない日もあります。
そんな日は、心のグラスの量を確かめる。
足りなければ、先に自分を満たしてから、あらためて聞けばいい。
感じる力は、使うほど育っていくもの。
わたしは、少しずつ、自分の気持ちに気づけるようになりました。
問いを自分に向けるたびに、わかってきたことがあります。
自分の中に、ホッとできる場所がある。
わたしは、人は、生まれながらに素晴らしい存在だと心から思います。気持ちがわからないと感じる人の中にも、その人だけの気持ちが、ちゃんとあります。
最後に、しつもんをひとつ
今、心のグラスには、どれくらい入っていますか?
測るのは、スマホの充電を見たときかもしれないし、眠る前かもしれません。
数字がひとつ浮かんだら、それで十分です。
どんな数字にも、正解もまちがいもありません。
下欄にお答えを書いていただけると嬉しいです。
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今日も読んでくださってありがとうございます。
