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自分を満たすことに価値がある。おかずの端っこをいつも自分に入れていた、3世代にわたるうちの話

うちの話です。

祖母も、母も。

家族のために。
主人のために。
子どもたちのために。

おいしいところ、見た目きれいなところは、みんなに。
自分は、残ったもので。

その姿を見ながら、子どもの頃のわたしは
正直、胸が痛かった。

そして気づいたら、わたしも同じことをしていました・・・

自分を後回しにすることが、「愛情」だと思っていた

意識したわけじゃないんです。

自然と、家族のほうが先になって、それが母親というものだと思っていました。
おかずの量も、おいしい部分も、時間も、エネルギーも。

「わたしは後でいい」
「わたしはこれくらいで十分」

そう思うことが、やさしい人間、家族への愛のあり方だと、確信していました。

でも、本当にそうだろうか・・・

空のコップからは、何も注げない

少し想像してもらえますか?

コップに水がなければ、誰かに分けることはできないですよね。

どんなに「あなたのために」と思っていても、
自分が空っぽでは、何も出てこない。

これは例え話ではなく
多くの家庭で、いまも起きていることです。

疲れているのに頑張る。
余裕がないのに家族のことを優先する。
疲れているのに、誰かを支えようとする。

そのたびに、少しずつ消耗していく。

自分を満たすことは、わがままじゃない。と
いまは、大きな声で言えます!!

満たされたコップからしか、本当の意味で人に注げないから。

祖母と母の端っこが、わたしに教えてくれたこと

祖母と母のおかずの端っこは、愛だった。
戦争を体験しているので、食べ物に苦労をした世代です。

家族への深い愛が、あの行動になっていたのは
間違いありません。

でも同時に、わたしはこうも思います。

もし祖母や母が、自分のことをもう少し自身を公平にしていたら
おいしいものを笑顔で食べていたら。

「たら」、「れば」 になりますが
わたしは食事中に、遠慮なく美味しく味わえたはずだと思います。

こんな経験を通して
愛が愛として受けとってもらえるには、自己犠牲は不要です。

自分を満たすと、何が変わるのか

わたしが変わり始めたのは、「自分が満たされること」を許した日から。

好きなものを選ぶ。
食べたいものを食べる。
やりたいことに時間を使う。

「ありがとう」を素直に受け取る。

小さなことの積み重ねなのですが
自分の心に正直でいることも、自分を満たすことに
なります。

すると
イライラが減り
余裕が生まれました。
家族への言葉に、いちいち反応しなくなりました。

ほしいものはほしい
食べたいものは食べる

自分自身を戒めるというのか、制限をかけることをやめると
それだけでも、満たされてくるように思います。

そこから、溢れるものそれが本当の愛情ではないかと。

「わたし」から始めていい

大切な人のために生きたい。
誰かの力になりたい。

その気持ちは、本物ですし、大切なことです。

だからこそ、まず「わたしを満たす」ことが大事。

おかずのいちばんおいしいところを、自分にも入れる。
それだけで十分。

そんな小さなことでOKです。

わたしがわたしを生きると、
まわりの世界が優しく自由になります。

今月のオンラインサロンHarmoniaは、「満たす」をテーマに
自分を安心させるセルフトーク
仲間の素敵なところを言葉にして贈りあいました。

「仲間のいいところはいっぱい見つかるのに、自分にはなかなか」
「めちゃくちゃ嬉しい!」などみんな喜んでました。


 

今日のしつもん

 

Q:無意識に、あなた自身に制限をかけていることはなんですか?
  なぜ、そう感じますか?

Harmoniaは、毎月仲間と「自分を満たす」をテーマに深め合っています。
一度のぞいてみたい方は、こちらより「Harmonia」と送ってください
体験できる日程をお伝えします。

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