今朝、目が覚めたとき、最初に考えたのは誰のことでしたか?
家族のこと、職場のこと、子どものこと。
自分のことは、いつもいちばん最後。
自分を後回しにしてしまう日が続くと、心の中に、こんな声が聞こえてきます。
「こんなに周りを大切にしているのに」
「なんで、みんな気づかないんだろう?」
「まだまだ、やらなきゃいけないのかな?」
わたしは、長い間そんな状態でした。
わたしは、自分のことより先に、相手のことを考えて生きてきました。
それが「いい人でいる」ということだと、信じていたからです。
先回りして、手を差し出せる。
気遣うのが当たり前になると、自分のことは、いつも後回しになっていきます。
その気遣いが、なぜか自分を苦しくする。
8年ほど前に、やっと気づきました。
問題は、自分が先か、周りが先か、ではありませんでした。
自分を満たしてから、人を満たす。
シャンパンタワーのたとえで、よく聞く言葉です。
わたしは、この言葉を聞いてがんばりました。
自分を満たさなきゃ。
自分をいたわらなきゃ。
いつのまにか、自分をいたわることさえ、課題になってしまいます。
満たそうとすればするほど、満ちた気持ちになれません。
そこが、不思議でした。
それでも、周りのために動き続ける。
すると、すぐにではなくても、少し時間がたってから、心の中に声が芽生えてきます。
「誰も褒めてくれない」
「評価してくれない」
「なんで、みんな気づかないんだろう?」
どれも、自分のグラスが満ちないまま、注ぎ続けたときに出てくる声です。
自分を後回しにすることを「愛情」だと思っていた話は、「自分を満たすことに価値がある。おかずの端っこをいつも自分に入れていた、3世代にわたるうちの話」に綴っています。
同じ家事でも、同じ仕事でも。
「しなきゃ」から動くと、グラスはなかなか満ちません。
「きっと喜ぶだろうな」と思って動くと、自分のグラスまで満ちていきます。
変わるのは、動くときの心のほうです。
気持ちの選び方は、「恐れの選択」と「愛の選択」に分けることができるそうです。
苦しくなっていたのは、相手を思うからでも、自分を後回しにするからでもありませんでした。
「しなきゃ」という恐れの選択のまま、動き続けていたことが原因でした。
では、どうしたら心持ちは変わっていくのでしょうか?
このからだは、借りているものだという考え方があります。
借りているものなら、大切に扱いたくなります。
「自分を大切にしましょう」と言われると、難しいな、気が引けるな、と思ってしまう。
けれど、からだに向けてなら、「ありがとう」を心から言えそうです。
朝、目が覚めたら「今日もよろしくね」。
夜、眠る前に「今日も一日ありがとう」。
朝のひとことから始まる一日は、「しなきゃ」より「ありがたいな」で過ごせる気がします。
寝る前に大切な人を思うのと同じように、このからだにも、ありがとうを言う。
今夜、布団に入ったら、ひとつ思い出してみます。
今日いちばん働いてくれた、からだの場所はどこですか?
浮かびにくいときは、こんな聞き方もあります。
今日、「喜ぶだろうな」で動いたことはなんですか?
思い出しながら、肩がゆるむのか、少しこわばるのか、からだを感じてみる。
誰かを思えるやさしさは、そのままでいいと思います。
そこに、自分の分の席をひとつ増やすだけで、わたしがわたしの味方になる。
最近、誰かのことを思った瞬間は、どんな時でしたか?その「誰か」の中に、自分は入っていましたか?
朝、目が覚めたときかもしれないし、夜、眠る前かもしれません。
ひとつ思い出せたら、それで十分です。
どんな答えにも、正解もまちがいもありません。
下欄にお答えを書いていただけると嬉しいです。
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今日も読んでくださってありがとうございます。
家族のこと、職場のこと、子どものこと。
自分のことは、いつもいちばん最後。
自分を後回しにしてしまう日が続くと、心の中に、こんな声が聞こえてきます。
「こんなに周りを大切にしているのに」
「なんで、みんな気づかないんだろう?」
「まだまだ、やらなきゃいけないのかな?」
わたしは、長い間そんな状態でした。
苦しくなるのは、やさしさのせいではありません。
自分を後回しにしてしまうのは、やさしいから
わたしは、自分のことより先に、相手のことを考えて生きてきました。
それが「いい人でいる」ということだと、信じていたからです。
誰かを気遣えるのは、才能です。
相手の小さな変化に気づける。先回りして、手を差し出せる。
気遣うのが当たり前になると、自分のことは、いつも後回しになっていきます。
その気遣いが、なぜか自分を苦しくする。
8年ほど前に、やっと気づきました。
問題は、自分が先か、周りが先か、ではありませんでした。
「満たさなきゃ」で注いでも、グラスは満ちない
自分を満たしてから、人を満たす。
シャンパンタワーのたとえで、よく聞く言葉です。
わたしは、この言葉を聞いてがんばりました。
自分を満たさなきゃ。
自分をいたわらなきゃ。
いつのまにか、自分をいたわることさえ、課題になってしまいます。
満たそうとすればするほど、満ちた気持ちになれません。
そこが、不思議でした。
それでも、周りのために動き続ける。
すると、すぐにではなくても、少し時間がたってから、心の中に声が芽生えてきます。
「誰も褒めてくれない」
「評価してくれない」
「なんで、みんな気づかないんだろう?」
どれも、自分のグラスが満ちないまま、注ぎ続けたときに出てくる声です。
自分を後回しにすることを「愛情」だと思っていた話は、「自分を満たすことに価値がある。おかずの端っこをいつも自分に入れていた、3世代にわたるうちの話」に綴っています。
大事なのは、何をするかより、どんな心持ちでするか
同じ家事でも、同じ仕事でも。
「しなきゃ」から動くと、グラスはなかなか満ちません。
「きっと喜ぶだろうな」と思って動くと、自分のグラスまで満ちていきます。
「しなきゃ」で注いだ一杯と、「喜ぶだろうな」で注いだ一杯。
同じ一杯でも、満ちかたがちがいます。
人のためにしていることでも、それは変わりません。同じ一杯でも、満ちかたがちがいます。
変わるのは、動くときの心のほうです。
気持ちの選び方は、「恐れの選択」と「愛の選択」に分けることができるそうです。
苦しくなっていたのは、相手を思うからでも、自分を後回しにするからでもありませんでした。
「しなきゃ」という恐れの選択のまま、動き続けていたことが原因でした。
では、どうしたら心持ちは変わっていくのでしょうか?
からだに「ありがとう」を言うと、自分の席がひとつ増える
このからだは、借りているものだという考え方があります。
借りているものなら、大切に扱いたくなります。
「自分を大切にしましょう」と言われると、難しいな、気が引けるな、と思ってしまう。
けれど、からだに向けてなら、「ありがとう」を心から言えそうです。
朝、目が覚めたら「今日もよろしくね」。
夜、眠る前に「今日も一日ありがとう」。
朝のひとことから始まる一日は、「しなきゃ」より「ありがたいな」で過ごせる気がします。
寝る前に大切な人を思うのと同じように、このからだにも、ありがとうを言う。
今夜、布団に入ったら、ひとつ思い出してみます。
今日いちばん働いてくれた、からだの場所はどこですか?
浮かびにくいときは、こんな聞き方もあります。
今日、「喜ぶだろうな」で動いたことはなんですか?
思い出しながら、肩がゆるむのか、少しこわばるのか、からだを感じてみる。
誰かを思えるやさしさは、そのままでいいと思います。
そこに、自分の分の席をひとつ増やすだけで、わたしがわたしの味方になる。
わたしは、人は、生まれながらに素晴らしい存在だと心から思います。誰かを気遣えるその人も、同じように大切にされていい人です。
最後に、しつもんをひとつ
最近、誰かのことを思った瞬間は、どんな時でしたか?その「誰か」の中に、自分は入っていましたか?
朝、目が覚めたときかもしれないし、夜、眠る前かもしれません。
ひとつ思い出せたら、それで十分です。
どんな答えにも、正解もまちがいもありません。
下欄にお答えを書いていただけると嬉しいです。
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今日も読んでくださってありがとうございます。
